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次回のご紹介は、準備中です。
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晶子ちゃん


<Kitchen Spoon>

キッチンスプーン挿絵


「今度、久万高原町の実家のある直瀬という部落に引越しをしますので、その実家の横に調理のできる建物を創って欲しい。そこで調理したものを松山にデリバリーしたり、もし来られるお客さんがいればお料理も提供したい。」
という依頼がきました。

なにやらワクワクするような話ではありませんか。
久万高原町直瀬というところは私も過去に何度も訪れ、気に入ってる「里山」なのです。

早速、候補地を見に行きました。
なんと、土地は見晴らしのいい高台ではありましたが、平地ではなく傾斜地、おまけになかなか狭い。
ちょうどT字路の角で、地元の軽トラ等が結構行き交う交差点。


・・・・・


でも、まぁ、そこからはいろいろ前向きに進んで開店間近となりました。

たしか、開店日は何日、と決めていたはずなのに、なんと、オーナーシェフの晶子ちゃんは厨房器具が使え始めた1週間くらい前からキッチンに入って、料理を作り始めたのです。
聞くと、その理由は

・寝たきりに近い老夫婦に早く料理を持っていってあげたい。

・どこかのおじいちゃんが 「まだ開いてないかいのぉ?なんならコーヒーだけでもええんやがのぉ」 と来てしまった。
その後、毎朝コーヒーを飲みに来る。

・農繁期なのでお昼がなかなか作れない、と部落の人が言っていた。

とかとか。
そう、晶子ちゃんにとっては開店日なんてのはあくまで目標。
それよりお店が早く使えるんだったら、ご近所の人達の声に応える事の方が大切。
(役所仕事はこうはいかん。)

私は「Kitchen Spoon」という看板の文字の横に「直瀬食堂」という文字を書かせて頂きました。
そんな「Kitchen Spoon」は大方の人の予想に反して、久万高原町のお客さんの来店がとても多いのです。

そして、おいしい。

琲夢のママ


<コーヒーショップ.ハイム>


排夢のママ


長いです。
お付き合いして、33、4年になりそうです。

今年は、1月に一度お店に行きました。
いつものように、常連のお客さんがカウンターに3、4人いらして、
その空いている席にちょこんと座って、
ママとちょっとアイコンタクト…。

常連さんの邪魔をしないように過ごして、
お代を払って、お互い笑顔で、
「ごちそうさま。」「ありがとうございました。」

お店の場所は、JR北条駅の駐車場から横に入った住宅街の一画で、
木造住宅の一部とその庭を使って改造した喫茶店です。
広さはカウンター席とテーブル席3つで、10坪くらいあります。

33、4年前、ママが小さな2人のお子さんを連れて神戸から帰られ、
義理のお母さんと4人で暮らし始め、
そして喫茶店を開業されました。

そうそう、私は当時独身だったので、
近所のスナックのママさんから
「紹介したい子がおるので…」とか
言われたことを覚えています。うんうん。

ママとはいろんなお話をしました。
お客さんの事、お子さんの事、近所の人のお話、
ライバル店の出現や、北条の街の事、等々。

私は何年かに一度、改装のお手伝いをします。
椅子生地やクロスを張り替えたり、
テーブルを作り替えたり。
ママは少しお金が貯まると「お客さんにお返しせんといかん。」
と言って、何年かに一度のペースで、改装をします。
「山下さん、来てやぁ。」と、また声がかかるのは、
あと、2、3年後かもしれません。

楽しみです。

待ち遠しい仕事です。


一色先生


<美容室 元気です。 1号 2号>

一色先生

「店の名前、なんで "元気です。" やったんですかねぇ?」
「吉田拓郎のアルバム "元気です。" に衝撃を受けたんよ……」
…おかげで元気です
と私の頭をカットしながら鏡の向こうで口ずさんだ。


約28年前、松山市駅ロータリーに面した「ユアーズビル」の仕事、
4F「元気です」 5F「BAR ZAZA・VIE」の設計をさせてもらった。
先生が25歳、私が27歳だった。若かった。

先生と一緒に、新しい画期的な美容室を作りたかった。
天井をロフト天井にした。(松山では、まだ例がなかったので、保健所と戦った。)
セットの鏡を対面移動タイプにした。
店の奥に、バンドが演奏できるスペースを作った。
松山で初めて、アルフレックスというイタリアのソファを待合に使った。

そういえば店内で飾るイメージ写真の撮影等を自分達で企画した。
AD.私、モデルが一色先生や先生の友人。
その写真はチラシやパンフにも使った。
一色先生もみんなも、のりのりだった。

いやぁ、楽しかった。



現在、月に一度くらい先生の店を見に行く。(カットしてもらいに)
時に、昔話しで盛り上がる。

当時、「元気ですカット」というのが流行った。
あんまり短くするつもりがないのに、
お店に行って、結局先生の挑戦の前に短くなってしまう。
でも、予想しなかった自分に出会える。
そんなカットを、「元気ですカット」と街のおしゃれな女性たちは呼んでいた。

私の頭は扱いにくいらしい。
(多い、剛毛、つむじの場所が悪い。顔はいい。)

一色先生も毎回、「よし!今度はいい!」
と、いつも私の頭に挑戦している。
いや、誰の頭にもそうだと思う。

そんな挑戦する先生を鏡越に見ながら、
またジョーダントークにひきずり込む。

月に一度の楽しい時間。

岡本先生


<O邸、ROOM O、他>


岡本先生



ある土曜日、事務所の草刈りをしていると、
ケイタイに「着信アリ」。

電話をしてみると、
「山下君のブログに出ていた海の横の銭湯って何処?
 行ってみようと思うんやけど。」
「え?先生行くの? ……。」

と、…その時思う。
そうだ、久々のあのコーナーに岡本先生に登場してもらおう。


そう、先生に最初にお会いしたのは、
共通の友人である三浦さんを介してだった。
18・9年前だったかな。
海の見える高台の住宅の計画でお会いした。
打合せに行くと、書斎の本棚には、
医学専門書、その横にヨットやインテリア、建築の本がギッシリ。
「ムムッ!」「デキルナ!」

そんなこんなで、それから2年後くらいに、自信作「海を楽しむ高台の家」完成。
16年たった今も、私はその家の鍵を1セット預かっている。
「イツデモツカッテイイヨ…」だって。

ヨットレースの時にも、クルーとして乗せてもらった。
松山秋まつりの神輿も一緒にかついだ。
先生のいろんな友人も紹介してもらった。
本当に気さくな人だ。
「ふれんどりぃなお医者さんだ。」

今度、その銭湯で偶然あったら、
背中の流しっこをしたいものだ。



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